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大鞘樋門群(おざやひもんぐん)は文政二年(1819年)に地元の鹿子木量平という野津手永惣庄屋の指導の元で建設された
水門群で、
干拓施設建設当時は5箇所に設けられた樋門も、現在では八代市鏡町に二基、千丁町に一基が現存するのみです。
樋門の見事な石組みは備前岡山の石工の技術が採用されており、特に5枚戸の「殻樋」は備前流のノウハウを最大限
に生かした工法とされ、後に建築された3枚戸の「二番樋」と「江中樋」においては、備前流の利点を生かし欠点を補った
進化型工法が用いられており、八代平野の歴史を知る上でも貴重な遺構と言えるでしょう。
このようなことから平成17年(2005年)には熊本県の指定文化財に指定されました。

因みに大鞘樋門群が完成した文政二年の前の年(文政元年)には同じく野津手永の天才石工「岩永三五郎」が砥用(美里町)に
雄亀滝橋を完成させており、熊本の石造文化はその後急速に発展して行く事になります。

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