合志町の石橋
熊本県菊池郡合志町には4基の石橋が確認されていましたが、平成6年(1994)に旭橋が、平成12年(2000)に宮橋が相次いで撤去され、
現在では後川辺橋(アーチのみ)と竹迫橋の2橋が辛うじて残されています。




下流側からのみ石橋と確認できます。

上流側は石橋のアーチ形状に沿ってコンクリートで拡幅されています。

両側をコンクリートで挟まれとても窮屈そうに見えます。

右手現橋の下に隠れています。
■竹迫(たかば)橋■ 撮影:2005.11.23
熊本県菊池郡合志町竹迫 架橋年:明治初期〜中期(詳細不明) 石工:不明 全長:6.1 巾:2.4 高:2.6 径間:4.8 輪石:22個
この場所は「竹迫城」の外堀にあたる新堀(現鶴川)に位置し、県道辛川〜鹿本線と住吉〜熊本線の交差する重要な交通の要として
利用されてきました。しかし主要道路に架けられていた為、相次ぐ拡張工事で両側をコンクリートで覆われ、現在では川まで下りないと
その姿を確認することは出来ません。架橋当時は洋風の欄干が特徴的でしたが現在は見るすべもありません・・・



子どもが登って遊ばないように有刺鉄線が張ってあります。

右手に見えるのは案内板です。

アーチの裏には石工:出田村 吉崎喜八良  施主:林清助
頭百姓:彦三郎 藤兵衛と彫られています。
■後川辺(うしろかわべ)橋■ 撮影:2005.11.23
熊本県菊池郡合志町栄  架橋年:文政9年(1826) 石工:出田村(現菊池市)吉崎喜八良 全長:3 巾:3 高:1.4 撮影:2005.11.23 輪石:11個
後川辺の間を流れる上庄川に架かっていましたが平成8年に県道辛川〜鹿本線の整備に伴い、道路脇の空き地にアーチ部分のみが残されて
います。



橋横の「みやぎ商店」さんが平成6年(1994)3月8日に写した
解体作業途中の貴重な画像です。(下流側より)

橋横の「みやぎ商店」さんが平成6年(1994)3月8日に写した
解体作業途中の貴重な画像です。(上流側より)

撮影:2005.11.23
「みやぎ商店」の女将が子どもの頃からこの橋の下で魚を捕って遊んだり、
橋の上で追っかけっこをしていた想い出の石橋が、「無残にも解体されてしまう
のはあまりにも忍びない」と工事関係者に頼んで唯一残されたアーチ石1個が
商店脇(現旭橋の横)に保存されています。

撮影:2005.11.23
寂しげに横たわるアーチ石を、懐かしそうに覗き込む女将の姿が印象的でした。
後方が「みやぎ商店」
■旭(あさひ)橋■ 平成6年3月撤去
熊本県菊池郡合志町竹迫  架橋年:不明() 石工:不明 全長:4.05 巾:3.4 高:2.2 径間:3.45 輪石:23個
竹迫の下町と横町の境界を流れる新堀(現鶴川)に架けられていましたが、平成6年(1994)の道路拡張工事にて
解体撤去されました。中町から横町に向って新堀までの区間を、架橋当時は旭町と呼んでいたのでそれに因み
「旭橋」と命名されたと言われています。

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