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雪野橋(ゆきの)
2002.6.23
菊池市竜門字雪野
明治36年(1903)
石工:菊川金八
橋長:29 巾:4.3
新道が橋の横に新しく作られて川上からしかその姿は
確認出来ません。
5月頃には一面に生い茂ったテイカカズラの白い花
が見事だそうです。 |
雪野(ゆきの)橋
新道の橋と雪野橋の間に
50センチほどの隙間が
あり、そこから石組みが
確認できました。立派な
石組みです。
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綿打橋(わたうち)
2002.6.23
菊池市東迫間
文政9年(1826)
石工:栄八
橋長:9.8 巾:2.2
迫間橋の目と鼻の先にあり、綿打橋が先に架設され
ていることから、迫間橋架設の試験台として施工され
たとも言われています。
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綿打橋(わたうち)
倒れたままの綿打橋欄干が寂しげで、印象的でした。
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綿打橋の10メートル程上流にこの橋を見つけました
が、どこにも名前がなく紹介出来ませんが、横から見る
と確かに立派な石橋です。
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岩下(いわした)橋
2002.8.18
菊池市四町分字岩下
架橋:旧 文政8年(1825)
現 明治5年(1872)
石工:備前の茂吉、勘五郎
近代的な岩平橋が、ほぼ真上に架けられている為、
車で通っているとまず気づく人はいないでしょう。
実際私も近くの人に場所を聞いて目の前に行くまで
存在に気づきませんでした。
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岩下(いわした)橋
2002.8.18
岩下橋を渡り、馬頭観音
が祭られている
祠(ほこら)を写したもの
です。夏草に覆われた
石橋と古びた作りの祠、
実に趣のある場所です。
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岩下(いわした)橋
2002.8.18
川まで下りて橋の上流
から写したものです。
夏場は一滴の水も流れ
ていませんが、この川に
水があればなお更見事で
しょうね。
上には新しい橋(岩平橋)
が架かっています。
大きなもみじの木があり
ますので紅葉の時期が
楽しみですね。
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岩下(いわした)橋
2003.10.27
川下側から撮った所です。
石橋にもみじに祠(ほこら)、眺めているだけで心が落ち着きます。
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相生(あいおい)橋
橋の横から畑に降りて
正面から写したところ
です。現在増幅工事中
ですがこれからも現役
で頑張ってくれる事でし
ょう。
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相生(あいおい)橋
2002.8.18 菊池市亘
架橋:嘉永5年(1852)
石工:備前の小坂勘五郎 長:9.8 巾:5
私が高校時代に毎日
通学に利用していた橋
ですが、まさか石橋だっ
たとは今回の取材まで気
づきませんでした。
架橋当時は5連の石橋
だったとかで、今も残っ
ているならさぞ見事なも
のだったでしょうね。
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相生(あいおい)橋
2003.08.19
橋の架け替え作業に伴い
工事真最中の写真です。
立て掛けられたはしごが
痛々しい。 |
相生(あいおい)橋
2004.02.16
架け替え工事も終了し、石橋の部分のみとなってしまいました。
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ゆめのめがね橋
架橋:平成14年(2002年)2月
菊池市の菊池北小学校の校庭入り口に平成14年に
子ども達の総合学習の一環として築造された
県内(おそらく国内)で最も新しい石橋です。
この橋の架橋にあたっては、当初子ども達が地元
菊池市の迫眼鏡橋の見学と眼鏡橋の作り方を勉強して
行く内に、子ども達の「石橋を作ってみたい」という
気持ちが日増しに強くなり、先生や保護者と、東陽村
はじめ各地の石橋を見学し、江戸末期からの石橋工法
その物を実現させていった訳です。
もちろん工事自体は地域の学習ボランティアや地元
の建設業者に協力をお願いして、木枠の土台作りか
ら昔ながらの作り方を忠実に再現したそうです。この
木枠も校内に残してあるとか・・・
アーチの裏には記念として橋の名が掘り込
まれた石が埋め込んであります。 |
長野(ながの)橋
2004.02.21
菊池市龍門字長野
架橋:明治43年(1910)
石工:辻仁平
長:6.5 巾:4.3
高:4.3 径間:5
拱矢:3.5
龍門ダムのすぐ下に掛かる
小さな石橋で、長野バス停
から20メートルほど先に
あります。
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